ヘッジファンド77年史、資産5.6兆ドルへ

2026-09-14
ビットコイン

商品先物と歩んだ融合の歴史

 世界のヘッジファンド運用資産が2026年6月末、過去最高の5.6兆ドルに達した(米調査会社HFR調べ)。4~6月期の増加額4,093億ドルは四半期として史上最大である。富裕層の私的な運用組織として生まれたヘッジファンドは、77年をかけて世界の金融市場を動かす巨大産業へと変貌した。その歩みをたどると、意外なほど深く商品先物市場と絡み合っている。ヘッジファンドの歴史は、商品先物との融合の歴史でもある。今回のNewWaveでは、ヘッジファンドの起源とされる1949年の黎明期に遡り、発展、成熟の過程を示しつつ、巨額収益を上げたファンドを表にまとめてみた(資料参照)。


 現代ヘッジファンドの起点は1949年のニューヨークにある。社会学者出身のフォーチュン誌記者アルフレッド・ウィンズロー・ジョーンズが、10万ドル(うち自己資金4万ドル)でA.W.ジョーンズ社を設立した。買い(ロング)と空売り(ショート)を組み合わせて市場全体の変動をヘッジし、レバレッジで収益を増幅、利益の20%を成功報酬として受け取るという現代ヘッジファンドの基本形は、このとき出揃った。もっとも成功報酬型の報酬体系自体はジョーンズの発明ではなく、ベンジャミン・グレアムら先例がある。設立時の法的形態はジェネラル・パートナーシップで、1952年にリミテッド・パートナーシップへ移行した。少数の適格投資家を対象とする私募形態により米投資会社法の登録規制の適用外となる構造は、今日に至るヘッジファンドの原型である。
 商品先物の世界でも、同じ1949年に歴史が動いていた。「コモディティファンドの父」リチャード・ドンシャンが、商品先物で運用する初の公募型ファンド、フューチャーズ・インク社を設立したのである。移動平均によるトレンドフォロー手法を体系化したドンシャンの運用哲学は、後のCTA(商品投資顧問)ビジネスの源流となった。株式のロング・ショートから出発したジョーンズと、商品先物のトレンドフォローから出発したドンシャンという2つの潮流は、半世紀をかけて合流していくことになる。
 ところがジョーンズの存在は17年間、ほとんど世に知られなかった。転機は1966年、フォーチュン誌のキャロル・ルーミス記者が書いた記事「誰も追いつけないジョーンズ」である。同ファンドが著名投資信託を大きく上回る成績を上げ続けた事実が明るみに出ると、模倣ファンドが乱立した。SEC(米証券取引委員会)の調査では、1968年末時点で140本がヘッジファンドと分類されている。
 だが強気相場の中で多くのファンドは本来のヘッジを放棄し、レバレッジをかけた買い持ちに傾斜していた。1969~70年、続く73~74年のオイルショックを伴う下落相場で業界は壊滅的な打撃を受け、ヘッジファンドは一度、ほぼ忘れられた存在となる。皮肉なことに、株式のヘッジファンドが壊滅したこの73~74年は、原油・穀物・貴金属が歴史的高騰を演じた商品相場の時代だった。株式に偏った運用の脆さと、株式と異なる値動きをする商品市場の存在という70年代の教訓こそが、次の時代にヘッジファンドを商品先物へと向かわせる伏線となる。


商品先物が育てたスター運用者たち

 復活を主導したのは、1970~90年代に台頭した「スター・マネージャー」の世代である。グローバル・マクロのジョージ・ソロス、株式ロング・ショートのジュリアン・ロバートソン、裁量型マルチアセットのマイケル・スタインハートといった面々が市場を席巻した。戦略はそれぞれ異なるが、桁外れの成績で業界を再び脚光の下に引き出した点で共通する。
 商品先物業界にとって見逃せないのは、この世代の少なからぬ運用者やその手法が商品先物の出自だという事実である。米ニュージャージー州プリンストンの商品投資会社コモディティーズ・コーポレーション(1969年設立)は、MIT出身の計量経済学者ヘルムート・ウェイマーがココア価格の計量分析を武器に立ち上げた運用会社で、ブルース・コフナー、マイケル・マーカスら後のマクロ運用の巨人を輩出し、「ヘッジファンド運用者の孵化器」と呼ばれた。マクロ運用とは畢竟、通貨・金利・商品を横断する先物取引の技術であり、その担い手を供給したのは株式市場ではなく商品先物業界だった。同社が1997年にゴールドマン・サックスに買収されたことは、商品運用のノウハウがウォール街の中枢に取り込まれたことを象徴する。
 ニューヨーク綿花取引所の場立ちから身を起こしたポール・チューダー・ジョーンズも、この系譜に連なる。1980年にチューダー・インベストメントを設立した同氏は、1987年10月のブラックマンデー(ダウ508ドル安、下落率22.6%)を売りで的中させ一躍伝説となる。株価暴落のさなかに先物を駆使した運用が利益を上げた事実は、株式と相関しない「マネージド・フューチャーズ」の分散効果を機関投資家に強く印象づけ、ドンシャン以来のCTAビジネスが急拡大する契機となった。この潮流は英マン・グループ傘下のAHLやウィントンなど欧州系クオンツCTAの隆盛にもつながり、日本でも90年代に商品ファンドブームを生んだ。
 1992年9月、ソロスは英ポンドの欧州為替相場メカニズム(ERM)離脱に賭けた大規模なポンド売りで約10億ドルの利益を得たとされ、「イングランド銀行を打ち負かした男」の異名を取った。ただし史実としては、ドイツ統一後の高金利と英国の景気低迷というERMの制度的矛盾がすでに限界に達しており、投機筋の売りは維持不能となっていたポンド防衛の崩壊を加速させたと見るのが正確である。1997年のアジア通貨危機でも、マレーシアのマハティール首相(当時)がソロスを名指しで非難するなどヘッジファンド犯人説が政治問題化したが、後の実証研究は、ヘッジファンドが危機を引き起こしたことを示す証拠を見いだしていない。国境を越える投機マネーへの警戒と、実像の乖離という構図は、この時代に定着したものである。
 一方、1998年のLTCM(ロング・ターム・キャピタル・マネジメント)危機は、ヘッジファンド自身がシステミックリスクの震源となり得ることを世界に示した。ノーベル賞学者2人を擁した同ファンドは自己資本の25~30倍というレバレッジを抱え、ロシア財政危機を機に数週間で崩壊寸前に追い込まれた。巨大なポジションの無秩序な清算が市場全体を混乱させることを懸念したニューヨーク連銀の仲介で、大手金融機関14社が総額36.25億ドルを拠出する救済策がまとまったが、これは民間資金による資本注入であり、公的資金は1ドルも投入されていない。
 1990年代以降に台頭したクオンツ(計量)運用も、その揺りかごは先物市場である。数学者ジェームズ・シモンズが率いたルネッサンス・テクノロジーズの旗艦メダリオン・ファンドは、当初は通貨や商品を含む先物取引を収益の柱として出発し、後に年率30%超(報酬控除後)という空前の長期成績で知られる存在となった。板情報が電子化され、流動性が高く、売りも買いも同じコストで執行できる先物市場は、統計的手法の実験場として理想的だった。人間の裁量を排したシステム売買という思想は、ドンシャンのトレンドフォローを源流とするCTAの世界と、クオンツヘッジファンドの世界が共有するものであり、両者の境界は今日ますます曖昧になっている。


ポッドショップの時代、CTAの再評価

 2000年のITバブル崩壊を比較的軽い傷で乗り切ったことは、ヘッジファンドの評価を一変させた。「市場と相関しない絶対収益」を求める年金基金・大学基金の資金が流入し、業界の運用資産は2000年頃の約5,000億ドルから2007年には約2兆ドルへ膨張する。
 この機関化の波は、商品先物市場の姿も一変させた。カルパース(カリフォルニア州職員退職年金基金)をはじめとする米公的年金が2000年代に商品市場での運用を拡大し、S&P GSCIなど商品指数に連動する投資マネーが原油や穀物に流入。政府系ファンド(SWF)もこれに続き、商品価格が需給要因だけでは説明できず金融要因と連動する市場の変質が指摘されるようになった。2008年、原油価格が史上最高値を更新したのち急落すると、米議会では投機マネー主犯説を巡る公聴会が相次ぎ、CFTC(米商品先物取引委員会)のポジション制限強化が長く争点となった。指数投資が価格を歪めたか否かについて学術研究の結論は今も割れているが、商品先物市場が「実需筋とプロの投機筋の市場」から「世界の運用資産の受け皿」へと構造転換したこと自体は、もはや否定できない。この構造転換の波に乗った海外市場と、乗り損ねた日本の商品先物市場とで、その後の明暗が分かれたことは、国内業界にとって重い課題として残っている。
 同年の世界金融危機で業界は平均約19%の損失(HFRI指数)を被ったが、危機の主因は住宅・証券化市場と大手金融機関の過剰レバレッジにあり、ヘッジファンドは主として巻き込まれた側だった。むしろサブプライム崩壊への賭けで約150億ドルの利益を上げたポールソンのような勝者も現れた。危機後は米ドッド・フランク法と欧州AIFMDにより運用会社の登録・報告義務が強化され、「無規制のファンド」という古い説明は当てはまらなくなっている。
 2010年代後半以降の業界の主役は、シタデル、ミレニアム・マネジメントなど、社内に多数の独立した運用チーム(ポッド)を抱えるマルチストラテジー型である。シタデルが2022年に約160億ドルという業界史上最高の年間利益を上げた原動力のひとつは、天然ガスなどを手掛けたコモディティ部門だった。
 同じ2022年には、株式と債券が同時に下落する異例の相場でトレンドフォロー型CTAが際立つ成績を残し、ドンシャン以来74年目の手法の有効性が改めて確認された。長らく業界を象徴した「2&20」の報酬体系も今や多様化し、ポッドショップでは人件費等の運営コストを投資家が負担するパススルー型が広がっている。各社はエネルギーや金属を手掛けるコモディティトレーダーの獲得に巨額の報酬を提示して競い合っており、商品先物のプロフェッショナルが金融業界で最も引き合いの強い人材の一角を占めるという、かつてない状況が生まれている。
 一方で、規制当局の視線は年々厳しさを増している。1998年のLTCMに始まるノンバンク発の市場動揺は、2021年のアルケゴス・キャピタル破綻、2022年の英年金LDI危機と形を変えて繰り返され、足元では米国債のベーシス取引に積み上がったヘッジファンドのレバレッジが、BIS(国際決済銀行)や各国当局の監視対象となっている。銀行規制の強化が進むほどリスクは規制の緩やかなノンバンク部門に移転するという構図は、奇しくもヘッジファンドという存在の成り立ちそのものと重なっている。


巨額収益を上げたヘッジファンド — 主要事例の比較

     
年代ファンド/運用会社
(運用拠点)
運用者
(代表者)
主な投資先・取引収益額
(現地通貨)
円換算(概算)備考
1987年チューダー・インベストメント(米)ポール・チューダー・ジョーンズ株価指数先物のショート(ブラックマンデーを予見)旗艦ファンドの年間リターン約+125.9%(報酬控除後)−ジョーンズ本人の利益は推定約1億ドル(約145億円・1ドル=145円)。暴落局面でも先物運用が収益を上げ得ることを象徴する事例
1992年クォンタム・ファンド(運用は米ソロス・ファンド・マネジメント)ジョージ・ソロス(実務はS.ドラッケンミラー)英ポンドの空売り(ERM離脱に賭ける)約10億ドル約1,270億円
(1ドル=127円)
「イングランド銀行を打ち負かした男」。ERMの制度矛盾が背景。ファンド籍はオランダ領アンティル
2006年センタウラス・エナジー(米)ジョン・アーノルド天然ガス先物(破綻したアマランスと反対方向のポジション)年間リターン約+200%(+300%超とする報道もあり数値に幅)−元エンロンのガストレーダー。本人の年間所得は15〜20億ドルと推計。商品先物単一市場での巨額収益例
2007年ポールソン・アンド・カンパニー(米)ジョン・ポールソンCDS・ABX指数等を用いたサブプライム関連の一連の弱気取引約150億ドル(本人の年間所得は約37億ドル)約1兆7,700億円
(1ドル=118円)
「史上最大のトレード」と呼ばれるが、単一の取引ではなく住宅バブル崩壊をテーマとする一連の取引
2012〜13年ソロス・ファンド・マネジメント(米・ファミリーオフィス)運用チーム(当時CIOはスコット・ベッセント)円売り(アベノミクス初期の円安局面)約10億ドル約1,000億円
(1ドル=98円)
日本の政策転換を捉えたマクロ取引の代表例。ベッセント氏は現米財務長官
2020年パーシング・スクエア(米) ビル・アックマンCDSの買い(コロナ禍の信用スプレッド拡大をヘッジ)売却代金約26億ドル(取得費・手数料は約2,700万ドル)約2,800億円
(1ドル=107円)
投入資金対比約93〜100倍という史上有数の効率を記録したヘッジ取引
2022年シタデル(米) ケネス・グリフィンコモディティ(天然ガス等)・債券・株式のマルチ戦略約160億ドル約2兆1,000億円
(1ドル=131円)
当時の単年利益として集計史上最高。約半分を商品部門が稼いだと報じられた
2024年D.E.ショー(米)デビッド・ショー(創業者。現在は経営委員会体制)クオンツ・マルチ戦略(マクロ戦略Oculusは+36%)約111億ドル(LCH集計の上位20社中で2024年首位)約1兆6,800億円
(1ドル=151円)
クオンツ大手。多戦略型の安定した収益力を象徴
2025年TCIファンド・マネジメント(英) クリストファー・ホーン大型優良株の集中ロング(鉄道・取引所・航空宇宙等)約189億ドル約2兆8,400億円
(1ドル=150円)
LCHの年次集計史上、単年利益として過去最高。直近3年で計400億ドル
1988〜2018年【参考・長期累計】ルネッサンス・テクノロジーズ「メダリオン」(米)ジェームズ・シモンズ統計・計量モデルによる短期・高回転取引(当初は商品・通貨先物が中心)推定トレーディング利益約1,045億ドル(報酬・費用控除前)。年率66%(控除前)・39%(控除後)参考:約11兆円
(1ドル=110円換算)
非公開ファンドのため数値はG.ザッカーマンの調査による推計。単年事例とは性質が異なるため参考掲載

注記

  1. 収益額の性質は事例により異なる(ファンドの投資家帰属利益/年間リターン/売却代金/トレーディング利益の累計推計)。定義は各欄に明記した。ポールソンの「本人所得」は成功報酬に自己資金の運用益等を含む年間所得の推計であり、ファンド利益とは区別される。
  2. 円換算は各年の対ドル平均為替レートの概数を用いた参考値。確定的な利益額のない事例(1987年チューダー、2006年センタウラス)は換算欄を省略した。メダリオンの累計換算は便宜上1ドル=110円で計算した目安。
  3. 出典: 2022年シタデル・2024年D.E.ショー・2025年TCIはLCHインベストメンツ(エドモン・ド・ロチルド系)の年次推計、2007年ポールソンは各種報道・Institutional Investor誌の集計、メダリオンはG.ザッカーマン著の調査等による。センタウラスの2006年リターンは報道により約200%(Institutional Investor誌)から300%超まで幅がある。
  4. 単年収益とファンド累計・個人所得は性質が異なるため、比較の際は各欄の区別に留意。過去の収益は将来の成果を保証するものではない。
  5. 参考: LCHインベストメンツの年次推計によると、世界のヘッジファンド業界全体が2025年に投資家にもたらした利益は約5,430億ドルと過去最高。HFRによると業界の運用資産は2026年6月末時点で約5.6兆ドルと過去最高。
PDF Ver.:巨額収益を上げたヘッジファンド — 主要事例の比較
(Futures Tribune 2026年8月28日発行・第3452号掲載)
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